水土里ネット湖北

農業水利と治水史

  1. 農業用水について
  2. 井明神付近(高時川頭首工)について
  3. 湖北総合開発構想
  4. 国営新湖北農業水利事業

農業用水について

古くから稲作農業を発達してきた湖北地方における田用水の確保は、住民の生業がかかる基幹をなしていた。主たる水源を余呉川、高時川の表流水に求め、河川が山間部から沖積平野に展開する地点に井堰・取水口・水路が設けられ、平野部の隅々まで開発が進められていた。特に夏期の干魃季に稲が枯死するか否かの瀬戸際は、農民にとっての水はまさに血の一滴に値し、しかも隣接集落間の利害関係が相反する問題だけに複雑な伝統や慣行が生まれ、これを四半世紀にわたって受けつがれてきた。余呉川水系における黒田部落等による余呉湖の「湖尻さらえ」の伝統、高時川井明神付近に伝わる「井落とし」や姉川の水争いなどがつい半世紀足らずの先年まで実施されていた。

高時川 井落とし五景(昭和15年)

▲役員の挨拶
左:右岸代表
右:餅ノ井代表
▲開始前 対峙の一瞬 ▲井落としの開始
左の陣笠は大井組上六役員
 
▲井落としのクライマックス ▲引き上げる白装束の戦列  

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